この記事のまとめ
- Feature Storeは特徴量の一貫性を学習時と推論時で保証し、MLシステムの信頼性を大幅に向上させる基盤技術である
- Feastはオープンソースで柔軟性が高く、Tectonはエンタープライズ向けの管理機能が充実し、Vertex AI Feature StoreはGCPとの統合が強い
- 選定基準はインフラ環境、チーム規模、レイテンシ要件、コスト構造を総合的に判断して決めるべきである
「学習用のデータはS3に入っていて、推論用はRedisから取って、特徴量の計算ロジックは学習スクリプトと推論サーバーの両方に書いてある」。こんな状態のMLシステムに心当たりがある方は少なくないのではないでしょうか。特徴量の管理が散らばっていると、学習時と推論時で微妙に異なる値が使われるTrain-Serving Skewの問題が発生しやすくなります。
Feature Storeは、こうした特徴量管理の混乱を解消するために生まれた仕組みです。特徴量の定義、計算、保存、提供を一元管理することで、MLシステム全体の一貫性と効率性を担保してくれます。この記事では、代表的なFeature StoreであるFeast、Tecton、Vertex AI Feature Storeを比較しながら、プロジェクトに最適なツールを選ぶための判断基準を整理していきます。
そもそもFeature Storeはなぜ必要なのか
MLプロジェクトの規模が小さいうちは、特徴量の管理に専用ツールを導入する必要性を感じないかもしれません。モデルが1つか2つ、関わるエンジニアも数人という段階では、スプレッドシートやドキュメントで特徴量を管理しても何とかなるものです。ところが、プロジェクトが成長してモデルの数が増え、チームメンバーが入れ替わり、本番運用が始まると、特徴量管理の問題は急速に深刻化していきます。
特に厄介なのが、同じ特徴量を複数のモデルで使いたいケースです。ユーザーの過去7日間の購入回数という特徴量を、レコメンドモデルと不正検知モデルの両方で利用するとしましょう。Feature Storeがなければ、それぞれのチームが独自に計算ロジックを実装することになります。あるチームは「購入日の0時を基準に7日間」で計算し、別のチームは「現在時刻から168時間」で計算しているかもしれません。この微妙な違いが予測結果に影響を与え、しかもデバッグが極めて困難なのです。
Feature Storeの導入によって得られる恩恵は多岐にわたります。特徴量の定義と計算ロジックが一箇所に集約されるため、チーム間での再利用が容易になり、計算の重複も排除できます。オフラインストア(学習用)とオンラインストア(推論用)を統合管理することで、Train-Serving Skewを構造的に防止できるのも大きなメリットです。特徴量のバージョン管理やリネージ(どのデータソースからどの計算を経て生成されたか)の追跡も、Feature Storeが提供する重要な機能の一つです。
Feastの特徴と適した場面
Feastは、Googleが主導して開発を始め、現在はLinux Foundation傘下でコミュニティ主導のオープンソースプロジェクトとして運営されているFeature Storeです。OSSであるため、導入コストが低く、カスタマイズの自由度が高いのが最大の魅力です。
Feastのアーキテクチャは比較的シンプルで、特徴量の定義をPythonコードで宣言的に記述し、オフラインストアとオンラインストアにデータを登録して利用するという流れになっています。オフラインストアにはBigQueryやRedshift、ファイルベースのParquetなどが選択でき、オンラインストアにはRedis、DynamoDB、SQLiteなどが対応しています。このように、バックエンドを柔軟に選べる設計になっているため、既存のインフラに合わせて導入しやすいのが特長です。
Feastの導入が適しているのは、インフラの選択に自由度を求めるチームや、特定のクラウドベンダーにロックインされたくないケースです。マルチクラウド環境やオンプレミス環境でも動作するため、インフラ戦略に制約がある組織でも採用しやすいでしょう。小規模なチームがMLシステムを構築し始める段階でも、Feastは良い出発点になります。SQLiteをオンラインストアとして使えば、ローカル環境で手軽に試すことができ、本番環境ではRedisに切り替えるといった段階的な移行も容易です。
ただし、Feastにはいくつかの限界もあります。特徴量の計算(Feature Transformation)の機能は限定的で、複雑なリアルタイム集計を行うには別途ストリーミング処理基盤を構築する必要があります。また、OSSであるがゆえに、運用・保守は自チームで行わなければなりません。ドキュメントの充実度やバグ修正のスピードはコミュニティの活発さに左右されるため、エンタープライズ向けのサポート体制を求める場合は別の選択肢を検討したほうがよいでしょう。
Tectonの特徴と適した場面
TectonはUberのMichelangelo(ML基盤)の開発者たちが立ち上げた企業が提供する、フルマネージドのFeature Storeです。エンタープライズ向けの機能が充実しており、大規模な本番環境での運用実績が豊富な点が強みになっています。
Tectonの最大の差別化ポイントは、リアルタイム特徴量の計算機能です。ストリーミングデータに対する集計処理をTectonのプラットフォーム上で定義・実行できるため、Apache FlinkやApache Sparkのようなストリーミング基盤を別途構築する必要がありません。たとえば「過去1時間の取引金額の合計」のようなリアルタイム集計特徴量を、Tectonの宣言的なインターフェースで定義できるのです。不正検知やリアルタイムレコメンドなど、低レイテンシでの特徴量提供が求められるユースケースでは、この機能が非常に価値を発揮します。
ところで、Tectonはアクセス制御やガバナンスの面でも優れています。特徴量へのアクセスをチーム単位やプロジェクト単位で細かく管理でき、誰がいつどの特徴量を変更したかの監査ログも自動的に記録されます。コンプライアンス要件が厳しい金融業界や医療業界での導入に適しているのは、こうしたエンタープライズ機能が充実しているからです。特徴量のモニタリング機能も組み込まれており、データドリフトの検出や特徴量の品質監視をプラットフォーム上で完結できます。
Tectonを検討する際に意識すべきは、コスト面です。フルマネージドサービスとして提供されるため、利用料金はFeastのようなOSSと比較すると高額になります。小規模なプロジェクトやPoCの段階ではコストに見合わないと感じることもあるかもしれません。本番環境で複数のモデルを運用し、リアルタイム特徴量が必要なケースで初めて、Tectonへの投資が回収できるようになるでしょう。導入前には、自チームの要件とTectonの機能がどの程度マッチするかを慎重に評価し、POCを経てから本格導入に進むのが賢明です。
Vertex AI Feature Storeの特徴と適した場面
Vertex AI Feature Storeは、Google Cloudが提供するフルマネージドのFeature Storeです。GCPのMLプラットフォームであるVertex AIの一機能として提供されており、BigQueryやVertex AI PipelinesなどGCPの各種サービスとシームレスに連携できるのが最大の特長です。
Vertex AI Feature Storeの強みは、GCPエコシステムとの深い統合にあります。BigQueryに蓄積されたデータを特徴量としてそのまま登録でき、Vertex AI Pipelinesからの特徴量の取得や更新も数行のコードで完結します。AutoMLやVertex AI Predictionとの連携もスムーズで、GCPをメインのクラウドとして利用しているチームにとっては、学習から推論までの一連のワークフローが自然につながる設計になっています。BigTableをバックエンドとしたオンラインストアは、大規模なリクエストに対しても安定した低レイテンシでの特徴量提供を実現してくれます。
運用面でも、フルマネージドサービスならではの恩恵があります。インフラの構築、スケーリング、バックアップ、セキュリティパッチの適用といった運用タスクをGoogleに任せることができるため、MLエンジニアはモデル開発に集中できます。特徴量のモニタリングダッシュボードも提供されており、特徴量の鮮度(最終更新からの経過時間)や統計情報を視覚的に確認できるのも便利な点です。
一方で、GCPへのベンダーロックインは避けられない課題です。Vertex AI Feature Storeで定義した特徴量をAWSやAzureに移行するのは容易ではなく、マルチクラウド戦略を採用している組織では導入のハードルが高くなります。料金体系もGCPの他のサービスと同様に従量課金制であるため、特徴量の読み書きの回数やストレージ使用量に応じてコストが変動します。大量の特徴量をリアルタイムで提供する場面では、コストが想定以上に膨らむケースもあるため、事前の見積もりが重要です。
オンラインストアとオフラインストアの設計
Feature Storeの中核を成すのが、オンラインストアとオフラインストアという2つのストレージレイヤーです。この2層構造を正しく理解し、適切に設計することが、Feature Storeの効果を最大化する鍵になります。
オフラインストアは、モデルの学習データを生成するために使われるストレージです。過去の特徴量の値を時系列で保存しており、「2024年3月15日時点でのユーザーAの特徴量一式」といったポイントインタイム検索が可能な設計になっています。このポイントインタイム検索は、学習データにおいて未来のデータが紛れ込む「データリーク」を防ぐために欠かせない機能です。BigQueryやRedshift、S3上のParquetファイルなど、大量のデータを低コストで保存できるストレージがオフラインストアに使われることが多いです。
オンラインストアは、推論時に低レイテンシで特徴量を提供するためのストレージです。各エンティティ(ユーザー、商品など)の最新の特徴量値を保持し、数ミリ秒以内での応答が求められます。Redis、DynamoDB、BigTableなどの高速なKVSがオンラインストアとして採用されるのが一般的です。オンラインストアの設計で特に注意すべきは、特徴量の鮮度です。オフラインストアからオンラインストアへの同期がバッチ処理であれば、同期間隔の分だけ特徴量が古くなります。リアルタイム性が重要なユースケースでは、ストリーミングパイプラインを介してオンラインストアを即座に更新する仕組みが必要になります。
2つのストアの間でデータの一貫性を保つことも重要な設計課題です。オフラインストアとオンラインストアで同じ特徴量の値が食い違っていると、学習時と推論時で異なる値が使われることになり、Train-Serving Skewの原因となります。Feature Storeのマテリアライゼーション(オフラインストアからオンラインストアへのデータ同期処理)を適切にスケジューリングし、同期の失敗を検出する監視体制を敷いておくことが、安定運用の基盤となります。
特徴量のバージョン管理とリネージ
MLシステムが成熟してくると、特徴量の定義が変更されたり、新しい特徴量が追加されたりする頻度が上がっていきます。この変更を適切に管理しないと、「先月まで動いていたモデルが急に精度が落ちた」といった問題の原因究明が困難になります。
特徴量のバージョン管理では、定義の変更履歴を追跡できることが重要です。「ユーザーの平均購入額」という特徴量の計算期間が、30日間から90日間に変更された場合、その変更がいつ、誰によって行われたかを記録しておく必要があります。この変更によって影響を受けるモデルを特定し、必要に応じて再学習を行うかどうかの判断材料にするためです。Feastではfeature_store.yamlやfeature定義のPythonファイルをGitで管理するアプローチが一般的であり、TectonやVertex AI Feature Storeでは変更履歴のトラッキング機能がプラットフォームに組み込まれています。
リネージの追跡も見落としてはならないポイントです。特徴量がどのデータソースから、どのような変換処理を経て生成されたかを可視化できると、データ品質の問題が発生したときの原因調査が格段に楽になります。上流のデータソースに問題が発生した場合に、影響を受ける特徴量とモデルを即座に特定できることは、本番運用の信頼性に直結します。Tectonはこのリネージ追跡の機能が特に充実しており、特徴量のデータフローを視覚的にたどることができます。
特徴量の廃止管理も長期的な運用では避けて通れません。使われなくなった特徴量をいつまでも保持していると、ストレージコストが無駄に膨らむだけでなく、新しいメンバーが混乱する原因にもなります。定期的に特徴量の利用状況を監査し、一定期間使われていない特徴量を廃止候補としてマークする運用ルールを設けておくことが、Feature Storeを健全に保つ秘訣です。
Feature Storeの選定基準
3つのFeature Storeにはそれぞれ明確な強みと弱みがあり、「どれが最良か」は一概には言えません。プロジェクトの要件やチームの状況に応じた判断が求められます。
| 比較項目 | Feast | Tecton | Vertex AI Feature Store |
|---|---|---|---|
| ライセンス | OSS | 商用 | 商用(GCP) |
| リアルタイム特徴量計算 | 限定的 | 充実 | 中程度 |
| クラウド対応 | マルチクラウド | AWS/GCP | GCPのみ |
| 運用コスト | 低(自己運用) | 高 | 中(従量課金) |
| エンタープライズ機能 | 限定的 | 充実 | 充実 |
| 導入の容易さ | 中程度 | 低(要調整) | 高(GCPユーザー) |
インフラ環境が選定の最大の判断材料です。GCPをメインに使っているなら、Vertex AI Feature Storeとの統合の容易さは圧倒的なアドバンテージになります。AWSを主に使っている場合は、FeastのDynamoDBバックエンドやTectonのAWSサポートが有力な選択肢です。マルチクラウドやオンプレミスを含む環境では、Feastの柔軟性が光ります。
チーム規模と運用体制も大きな考慮事項です。少人数のチームでインフラの運用に手が回らないなら、TectonやVertex AI Feature Storeのようなフルマネージドサービスが適しています。逆に、インフラに精通したエンジニアがいてカスタマイズの自由度を重視するなら、Feastが適切な選択肢になるでしょう。
レイテンシ要件も見逃せない判断基準です。リアルタイム推論でミリ秒単位の応答が求められる場合、オンラインストアの性能がボトルネックになる可能性があります。Tectonのリアルタイム特徴量計算機能や、Vertex AI Feature StoreのBigTableバックエンドは、こうした厳しいレイテンシ要件に対応するための有力な手段です。バッチ推論が中心であればオンラインストアの性能はそこまで重要ではないため、コスト効率を優先した判断ができます。
まとめ
Feature Storeは、MLシステムの特徴量管理を一元化し、学習と推論の一貫性を保証するための基盤技術です。Feast、Tecton、Vertex AI Feature Storeはそれぞれ異なる強みを持っており、プロジェクトの規模、インフラ環境、レイテンシ要件、コスト構造を総合的に判断して選定する必要があります。
小規模なチームやPoCの段階ではFeastから始めるのが手軽であり、本番環境でリアルタイム特徴量が必要になったタイミングでTectonへの移行を検討するのも一つのアプローチです。GCPをメインのクラウドとして利用しているなら、Vertex AI Feature Storeの導入が最もスムーズな選択肢になるでしょう。
Feature Storeの設計と運用スキルは、MLOpsエンジニアとしての市場価値を高める重要な要素です。特徴量管理の課題を解決できるエンジニアは、まだまだ少数派であり、この領域のスキルを身につけることは転職やキャリアアップにおいて大きな武器となるはずです。