インフラエンジニアとして何年もサーバーやネットワークと向き合ってきた方の中には、「セキュリティの分野に移りたい」と考えている方がいるのではないでしょうか。日々の運用業務の中でセキュリティパッチの適用やファイアウォールの設定を行ううちに、セキュリティそのものへの関心が深まっていくのは自然な流れです。
実は、インフラエンジニアからセキュリティエンジニアへの転向は、IT業界の中でも最もスムーズなキャリアチェンジの一つです。インフラの知識はセキュリティの業務に直結するため、完全な未経験者とは圧倒的に有利な位置からスタートできます。ネットワークの仕組みを理解し、サーバーの構築・運用経験があるということは、セキュリティエンジニアとして必要な基盤の大部分をすでに持っているということです。
この記事では、インフラエンジニアからセキュリティエンジニアへの転向を成功させるための具体的な方法を解説します。活かせるスキルの整理、追加で学ぶべき知識、転職活動のポイントまで、実践的な情報をお伝えしますので、キャリアチェンジを検討している方はぜひ参考にしてください。
インフラエンジニアの経験はセキュリティにどう活きるか
インフラエンジニアが持っている知識とスキルは、セキュリティ業務において想像以上に価値があります。「未経験分野への転職」と言っても、ゼロからのスタートではないということを、まず理解しておくことが大切です。
ネットワークの知識は最大の武器
インフラエンジニアが持つネットワークの知識は、セキュリティエンジニアにとって最も重要な基礎スキルの一つです。TCP/IPの仕組み、ルーティング、VLANの設計、ファイアウォールのルール設定、ロードバランサーの構成、VPNの運用、これらはすべてセキュリティの業務で日常的に必要になる知識です。
SOCアナリストの仕事では、ネットワークトラフィックのログを分析して不審な通信を検出する作業が頻繁に発生します。「このIPアドレスからのトラフィックが異常に多い」「通常使われないポートへの通信が発生している」「DNSクエリのパターンが不自然だ」といった判断ができるのは、ネットワークの仕組みを深く理解しているからこそです。インフラエンジニアの方であれば、この種の分析は比較的すんなりと行えるはずです。
ところで、ファイアウォールやプロキシの設定経験は、セキュリティコンサルティングの現場でも非常に重宝されます。多くの企業がセキュリティ対策としてファイアウォールを導入していますが、ルールの最適化やポリシーの見直しが適切に行われていないケースは少なくありません。インフラエンジニアとしてのファイアウォール運用経験があれば、「こういう設定だとこの攻撃を防げない」という具体的なリスクを指摘できる力になります。
サーバー運用経験の価値
サーバーの構築・運用経験も、セキュリティ業務に直結するスキルです。OSの設定、ミドルウェアのチューニング、ログの管理、バックアップの運用、障害対応、これらの経験はすべてセキュリティの文脈で活きてきます。
特に、障害対応の経験はセキュリティインシデント対応と非常に親和性が高いです。「何かおかしい」と気づくセンス、原因を切り分ける論理的なアプローチ、迅速に復旧するための判断力、関係者への報告と連携、これらはインフラ運用の現場で鍛えられるスキルであり、セキュリティインシデント対応でもまったく同じスキルが求められます。
パッチ管理の経験も見逃せません。OSやミドルウェアのセキュリティパッチを適用する作業は、インフラエンジニアの日常業務の一つですが、これはまさにセキュリティ運用そのものです。脆弱性の情報収集、影響範囲の評価、パッチの検証と適用、これらのプロセスを実務で経験していることは、脆弱性管理の分野でのキャリアに直結します。
追加で学ぶべきセキュリティの知識
インフラの知識だけでは、セキュリティエンジニアとして十分とは言えません。インフラの土台の上に、セキュリティ固有の知識を積み上げていく必要があります。ただし、ゼロから始める未経験者と比べれば、学ぶべき範囲は大幅に少なくて済みます。
セキュリティの基本概念とフレームワーク
情報セキュリティの三大要素(CIA:機密性、完全性、可用性)やリスクマネジメントの基本的な考え方は、セキュリティエンジニアとして働く上での共通言語です。インフラエンジニアの方は「可用性」については実務で体感的に理解していることが多いですが、「機密性」「完全性」の観点を意識する機会は比較的少なかったかもしれません。
NIST Cybersecurity FrameworkやISO 27001/ISMSといったセキュリティフレームワークの基本的な理解も必要です。これらのフレームワークは、組織のセキュリティ体制を設計・評価する際の基盤となるものであり、セキュリティの仕事では日常的に参照されます。すべてを暗記する必要はありませんが、各フレームワークの目的と構造を把握しておくと、セキュリティの議論に参加しやすくなります。
そういえば、セキュリティ分野では「脅威モデリング」という考え方も重要です。システムに対してどのような脅威が存在し、それぞれの脅威がどの程度のリスクをもたらすのかを体系的に分析する手法です。インフラエンジニアとして日々行ってきた「何が壊れるとどの程度の影響が出るか」という分析は、脅威モデリングの考え方と非常に近いため、この概念は比較的すんなり身につくでしょう。
攻撃手法と防御技術
セキュリティエンジニアとして働くためには、代表的な攻撃手法を理解しておく必要があります。インフラエンジニアの方が優先的に学ぶべきは、ネットワーク層の攻撃(ポートスキャン、DoS/DDoS、MitM攻撃など)と、Webアプリケーション層の攻撃(SQLインジェクション、XSS、CSRFなど)です。
ネットワーク層の攻撃については、インフラの知識があれば理解のスピードは非常に速いはずです。ARPスプーフィングやDNSキャッシュポイズニングといった攻撃は、ネットワークプロトコルの仕組みを悪用したものですから、プロトコルの動作原理を知っている方にとっては「ああ、そうやって悪用するのか」と腑に落ちる内容です。
Webアプリケーション層の攻撃については、開発経験が少ないインフラエンジニアにとっては新しい領域かもしれません。しかし、OWASP Top 10を教材として段階的に学んでいけば、半年程度で基本的な理解は得られます。実際に手を動かして学べるOWASP Juice ShopやDVWAといった練習環境を活用すると、効率的に知識を深められます。
資格で知識を体系化する
インフラの実務経験がある方にとって、CompTIA Security+は最も取り組みやすい入門資格です。試験範囲にはネットワークセキュリティやサーバーセキュリティの内容が含まれており、インフラの知識でカバーできる部分も多いため、集中的に学習すれば2~3か月程度で取得が可能です。
情報処理安全確保支援士(登録セキスペ)も有力な選択肢です。日本の国家資格であり、セキュリティ人材としての信頼性を証明できます。インフラエンジニアとしての実務経験があれば、午前問題の多くはすでに知っている内容ですし、午後問題のセキュリティシナリオもインフラの知識を活かして解答できます。
将来的にはCISSPの取得も視野に入れておくとよいでしょう。CISSPは5年以上の実務経験が必要ですが、インフラの経験年数もカウントされるケースがあります。CISSPの8つのドメインのうち、「通信とネットワークセキュリティ」「セキュリティの運用」はインフラエンジニアの守備範囲と大きく重なるため、他の受験者よりも有利な状態で学習を進められます。
転職活動の具体的な戦略
セキュリティの知識を身につけたら、いよいよ転職活動です。インフラエンジニアからセキュリティエンジニアへの転向を成功させるための、具体的な戦略をお伝えします。
履歴書・職務経歴書の書き方
職務経歴書では、インフラエンジニアとしての経験をセキュリティの文脈で再解釈して記述することが重要です。単に「サーバーの構築・運用を担当」と書くのではなく、「OSのセキュリティハードニング(hardening)を含むサーバー構築・運用を担当」「ファイアウォールポリシーの設計・実装を通じてネットワークセキュリティの強化に貢献」といった形で、セキュリティに関連する側面を前面に出しましょう。
パッチ管理の実績は「脆弱性管理プロセスの運用」として記述できますし、障害対応の経験は「インシデントハンドリング」の文脈で語ることができます。バックアップや災害対策の経験は「BCP/DR(事業継続計画/災害復旧)」に紐づけられます。同じ経験でも、表現の仕方を変えるだけで、セキュリティポジションへの適性が際立つ書類になります。
資格の取得状況や、自主的なセキュリティ学習の実績も明記しましょう。「CompTIA Security+取得」「自宅ラボ環境でのセキュリティツール検証」「セキュリティ関連の技術ブログの定期購読」といった項目は、セキュリティへの本気度を伝える有効なアピール材料です。
面接でのアピールポイント
面接では、「なぜインフラからセキュリティに転向したいのか」を明確に説明できるようにしておきましょう。前向きな理由を具体的に伝えることが大切です。例えば、「インフラ運用の中でセキュリティインシデントに対応する機会が増え、この分野に深く携わりたいと思うようになった」「サイバー攻撃の高度化を目の当たりにし、防御の最前線で働きたいと考えた」といった理由は、説得力があります。
実は、面接官が最も知りたいのは、「インフラの経験をセキュリティにどう活かすつもりなのか」という点です。「ネットワークの通信パターンを理解しているからこそ、異常な通信を見分ける力がある」「サーバーの正常な動作を知っているからこそ、マルウェア感染時の挙動の違いに気づける」「障害対応で培った冷静な判断力は、インシデント対応に直結する」といった具体的な橋渡しができると、面接官の納得感は格段に高まります。
狙うべき企業と職種
インフラエンジニアからの転向で最もエントリーしやすいのは、SOCアナリストとセキュリティ運用エンジニアのポジションです。SOCの業務ではネットワークやサーバーの知識が日常的に求められるため、インフラ出身者は即戦力として期待されます。
MSSPへの入社は、幅広いセキュリティ経験を短期間で積むのに最適です。複数のクライアント環境を監視するため、さまざまなアーキテクチャやセキュリティ製品に触れる機会が得られます。セキュリティベンダーのプリセールスやテクニカルサポートも、インフラの知識を活かしやすいポジションです。
事業会社の社内セキュリティ担当もおすすめの選択肢です。金融機関や大手製造業、通信キャリアなどでは、情報システム部門の中にセキュリティチームを設置するケースが増えています。インフラの運用経験があることで、社内システムのセキュリティ対策を実効性のある形で推進できる人材として評価されやすいです。
転職前にやっておくべきこと
転職活動を始める前に、現職でできる準備をしっかりと進めておきましょう。在職中にできる準備が多いほど、転職の成功確率は上がります。
現職の業務の中で、セキュリティに関連する作業に積極的に手を挙げることが効果的です。ファイアウォールの設定変更、セキュリティパッチの適用、アクセスログの分析、セキュリティ監査への対応など、日常業務の中にはセキュリティの実績として語れるものが意外と多いはずです。こうした業務に自発的に関わることで、「インフラ兼セキュリティ」の実績を作ることができます。
自宅にラボ環境を構築して、セキュリティツールに触れておくことも重要です。VirtualBox上にKali LinuxとMetasploitableを用意し、NmapやWiresharkでの解析を練習するだけでも、セキュリティの実務感覚が養われます。この手の自主学習の経験は、面接でも高く評価されます。
セキュリティコミュニティへの参加も、転職前に始めておきたい活動です。OWASP Japan、ISOG-J(日本セキュリティオペレーション事業者協議会)、各種CTFコミュニティなどに参加することで、業界の最新動向に触れられるだけでなく、人脈作りにもつながります。セキュリティ業界は意外と狭いコミュニティなので、勉強会での出会いが転職のきっかけになることも珍しくありません。
まとめ
インフラエンジニアからセキュリティエンジニアへの転向は、IT業界の中でも最も自然で成功率の高いキャリアチェンジの一つです。ネットワークとサーバーの深い知識、障害対応の経験、運用のリアルな感覚、これらはすべてセキュリティの現場で直接的に活きるスキルです。「未経験分野への転職」ではあるものの、まったくのゼロからのスタートではないという点を、自信を持って認識してください。
追加で学ぶべきセキュリティ固有の知識は確かにありますが、インフラの土台があれば学習効率は非常に高いです。CompTIA Security+や情報処理安全確保支援士などの資格取得を通じて知識を体系化し、OWASPの教材や自宅ラボでの実践を通じてスキルを磨いていけば、半年から1年程度で転職市場に出る準備は整うでしょう。
セキュリティ人材の需要は今後もますます高まります。インフラエンジニアとしての経験を持つ方がセキュリティの分野に移ってくることは、業界全体にとっても歓迎すべきことです。あなたのインフラの経験は、セキュリティの世界で必ず輝きます。ぜひ自信を持って、新しいキャリアへの一歩を踏み出してください。