この記事のまとめ
- KubeflowはKubernetes上で動作する機械学習プラットフォームで、MLパイプラインの構築・運用を統合管理できる
- ローカル環境ではMinikubeやkind、クラウドではGKEやEKSでの構築が定番
- 段階的に環境を拡張していくアプローチが、学習コストと運用リスクの両面で効果的
「機械学習モデルをチームで開発したいけれど、環境がバラバラで再現性が保てない」。こんな悩みを抱えているMLエンジニアは少なくないはずです。ローカルのJupyter Notebookで試行錯誤したモデルを本番環境にデプロイしようとすると、依存関係の違いやデータパイプラインの不整合で思わぬトラブルに遭遇することがよくあります。
Kubeflowは、そうした機械学習ワークフローの課題をKubernetesの力で解決するプラットフォームです。Googleが中心となって開発を進めてきたオープンソースプロジェクトで、データの前処理からモデルの学習、評価、デプロイまでを一貫して管理できます。この記事では、Kubeflowの環境構築をローカル開発からクラウドデプロイまで、段階を追って丁寧に解説していきます。
Kubeflowの全体像を把握する
Kubeflowの環境構築に入る前に、このプラットフォームが何を解決してくれるのかを理解しておくことが大切です。Kubeflowは「Kubernetes上で機械学習ワークフローをシンプルかつスケーラブルに実行する」ことをゴールとして設計されています。名前の由来もKubernetesとML Workflowを組み合わせたもので、その設計思想がよく表れています。
従来の機械学習開発では、データサイエンティストが作ったモデルをインフラエンジニアが本番環境にデプロイするという分業体制が一般的でした。しかし、この方法ではモデルの更新のたびに手作業が発生し、デプロイまでに何週間もかかることも珍しくありませんでした。Kubeflowを導入すると、データの取り込みからモデルのサービングまでをパイプラインとして定義でき、ボタンひとつで全工程を実行できるようになります。
Kubeflowの主要コンポーネントには、ノートブック環境を提供するJupyter Hub、パイプラインの定義と実行を管理するKubeflow Pipelines、モデルの推論エンドポイントを提供するKServe(旧KFServing)、ハイパーパラメータチューニングを行うKatibなどがあります。すべてを一度に使いこなす必要はなく、プロジェクトのニーズに合わせて段階的に取り入れていくのが現実的なアプローチです。
Kubeflowが向いているプロジェクトの特徴
Kubeflowは強力なプラットフォームですが、すべてのプロジェクトに適しているわけではありません。導入のメリットが大きいのは、複数のデータサイエンティストが協業する中〜大規模なプロジェクトや、モデルの学習と再学習を頻繁に行う必要があるプロジェクトです。また、GPUリソースを効率的に共有したい場合や、モデルのデプロイを自動化したい場合にもKubeflowの価値が発揮されます。
一方で、個人の実験レベルのプロジェクトや、モデルの更新頻度が低いプロジェクトでは、Kubeflowの導入コストに見合わないこともあります。Kubernetesの知識が前提となるため、チーム内にKubernetesの経験者がいない場合は学習コストも考慮する必要があります。そういった状況では、MLflowやVertex AI Pipelinesなど、よりシンプルなツールから始めることを検討してもよいでしょう。
環境構築の前に、自分たちのプロジェクトが本当にKubeflowを必要としているのかを冷静に見極めることが、成功への第一歩です。「Kubernetesを使っているから」という理由だけで導入するのではなく、解決したい課題を明確にした上で判断することをおすすめします。
ローカル環境でのKubeflow構築
Kubeflowの世界に飛び込むなら、まずはローカル環境で手を動かしてみるのが一番です。いきなりクラウドで大規模な環境を構築するのではなく、手元のマシンで基本的な操作感を掴んでからステップアップしていく方が、結果的に効率がよいでしょう。
ローカル環境でKubeflowを動かすには、まずKubernetesのクラスターが必要です。選択肢としてはMinikube、kind(Kubernetes in Docker)、Docker Desktopに組み込まれたKubernetesなどがあります。それぞれに一長一短がありますが、リソース消費量と安定性のバランスが良いMinikubeをおすすめします。Minikubeは4CPU・8GB以上のメモリ割り当てが推奨されており、ある程度のスペックを持つマシンが必要です。
環境の前提条件として、Docker、kubectl、Minikubeがインストールされていることを確認してください。また、Kubeflowのインストールにはkustomizeというツールも使います。これらのツールのバージョンが古すぎるとインストールに失敗することがあるため、公式ドキュメントで推奨バージョンを確認しておくと安心です。
Minikubeクラスターの作成と設定
Minikubeのクラスターを作成する際には、Kubeflowが快適に動作するよう十分なリソースを割り当てることが重要です。デフォルトの設定ではメモリやCPUが不足するため、起動時にオプションで指定する必要があります。
minikube start --cpus 4 --memory 8192 --disk-size 40g
クラスターが起動したら、kubectlコマンドでノードの状態を確認しましょう。全ノードがReady状態になっていれば、Kubeflowのインストールに進めます。ローカル環境では基本的にシングルノード構成になりますが、Kubeflowの基本的な機能を試すには十分です。
ここで注意したいのが、Minikubeのドライバー選択です。macOSではHyperKitやVirtualBox、LinuxではDockerドライバーが使えますが、Dockerドライバーが最も安定して動作する傾向があります。特にmacOSのM1/M2チップを使っている場合は、ドライバーの互換性に注意が必要です。公式のリリースノートで対応状況を確認してから進めるのが無難でしょう。
Kubeflowのインストール手順
Minikubeクラスターの準備ができたら、いよいよKubeflowのインストールに入ります。Kubeflowのインストール方法は時期やバージョンによって変わることがありますが、現在はkustomizeを使った方法が標準的です。
まず、Kubeflowのマニフェストリポジトリをクローンします。このリポジトリには、Kubeflowの各コンポーネントをデプロイするための設定ファイルが含まれています。全コンポーネントを一括でインストールする方法と、必要なコンポーネントだけを選択してインストールする方法がありますが、初めての場合は一括インストールで全体の雰囲気を掴むのがよいでしょう。
インストールが完了するまでには10分から20分程度かかることがあります。すべてのPodがRunning状態になるのを待つ必要があるため、kubectl get pods -n kubeflow コマンドで定期的にステータスを確認しながら待ちましょう。一部のPodがPending状態のまま進まない場合は、リソース不足が原因であることが多いです。Minikubeに割り当てたメモリやCPUを増やしてリトライしてみてください。
クラウド環境でのKubeflow構築
ローカル環境でKubeflowの基本を理解したら、クラウド環境への展開を検討しましょう。クラウドでKubeflowを運用するメリットは、スケーラビリティとGPUリソースへのアクセスです。大規模なデータセットでの学習や、複数のモデルを同時に学習させたい場合には、クラウドの計算リソースが不可欠になります。
主要なクラウドプロバイダーごとにKubeflowの構築方法が異なります。Google CloudのGKE(Google Kubernetes Engine)では、Kubeflowとの統合が最も進んでおり、セットアップも比較的スムーズです。AWSのEKS(Elastic Kubernetes Service)やAzureのAKS(Azure Kubernetes Service)でも構築可能ですが、設定の手間がGKEより多い傾向にあります。
クラウド環境を選ぶ際には、チームが既に利用しているクラウドプロバイダーに合わせるのが自然な選択です。すでにAWSを中心に使っている組織がKubeflowのためだけにGCPに移行するのは現実的ではありませんし、マルチクラウドの管理負荷も馬鹿になりません。既存のインフラとの整合性を第一に考えて決定しましょう。
GKEでのKubeflow構築
GKEでKubeflowを構築する場合、まずGCPプロジェクトの準備から始めます。必要なAPIを有効化し、サービスアカウントを作成して適切な権限を付与するのが初期設定の主な作業です。GKEクラスターの作成時には、ノードプールのマシンタイプとノード数を慎重に選択する必要があります。
Kubeflowの公式ドキュメントでは、最低でもn1-standard-8(8 vCPU、30GB RAM)のマシンタイプで3ノード以上を推奨しています。GPUを使う場合は、GPU対応のノードプールを追加で作成する必要があります。コスト管理のためには、GPUノードプールにはオートスケーリングを設定し、使わないときはノード数を0にまで縮小できるようにしておくとよいでしょう。
GKE環境でのKubeflowインストールは、ローカル環境と基本的に同じkustomizeベースの手順を使います。ただし、Istioのイングレスゲートウェイの設定やOAuthの認証設定など、クラウド固有の追加設定が必要になります。これらの設定はセキュリティに直結するため、本番環境で運用する前にしっかりと理解しておくことが重要です。
EKSでのKubeflow構築
AWSのEKS環境でKubeflowを構築する場合は、eksctlツールを使ったクラスター作成が便利です。eksctlはEKSクラスターの作成と管理を簡素化するCLIツールで、設定ファイルを用意しておけば、コマンドひとつでクラスターを立ち上げることができます。
EKS固有のポイントとして、IAMロールとKubernetesのサービスアカウントを紐付けるIRSA(IAM Roles for Service Accounts)の設定があります。KubeflowのコンポーネントがS3バケットやその他のAWSリソースにアクセスするために必要な設定で、セキュリティのベストプラクティスに沿った形でアクセス制御を行えます。
また、EKS環境ではALB(Application Load Balancer)をイングレスコントローラーとして使うことが多いです。AWS Load Balancer Controllerをインストールし、Kubeflowのイングレス設定をALB用に調整する作業が追加で必要になります。この部分はドキュメントが分散していて分かりにくいことがあるため、AWS公式のKubeflowデプロイガイドを参照しながら進めることをおすすめします。
Kubeflow Pipelinesの活用
Kubeflowの環境構築が完了したら、最も価値の高い機能のひとつであるKubeflow Pipelinesを活用してみましょう。Pipelinesは機械学習のワークフローをDAG(有向非巡回グラフ)として定義し、再現可能な形で実行できる仕組みです。
パイプラインの定義にはPython SDKを使います。各ステップをコンポーネントとして定義し、それらをつなぎ合わせてパイプラインを構成するイメージです。たとえば、「データの前処理」「特徴量エンジニアリング」「モデルの学習」「評価」という4つのステップを持つパイプラインを作れば、データが更新されるたびにこの一連の処理を自動的に実行できます。
パイプラインの大きなメリットは再現性です。パイプラインの定義自体がコードとして管理されるため、いつ誰が実行しても同じ処理が走ります。「あのモデルはどうやって作ったんだっけ」という疑問が生じることがなくなり、モデルの品質管理とガバナンスが格段に向上します。
パイプラインのデバッグと最適化
パイプラインを開発する過程では、デバッグに苦労することがあります。各コンポーネントがコンテナ内で実行されるため、エラーが発生した場合のログ確認やデバッグに慣れが必要です。Kubeflow PipelinesのUIでは、各ステップの実行ログを確認できるので、まずはそこからエラーの原因を特定するのが基本的なアプローチです。
パフォーマンスの最適化では、キャッシュ機能を活用するのが効果的です。Kubeflow Pipelinesには実行結果をキャッシュする仕組みがあり、入力データとパラメータが同じであれば前回の結果を再利用してくれます。データ前処理のような時間のかかるステップをキャッシュしておけば、モデルのパラメータだけを変えて実験したい場合に全工程を再実行する必要がなくなります。
もうひとつ意識したいのがリソースの適切な割り当てです。各コンポーネントに対して、CPU・メモリ・GPUの要求量と制限値を適切に設定することで、クラスター内のリソースを効率的に使えます。リソースの設定が甘いと、あるパイプラインが大量のリソースを占有して他のジョブが実行できなくなるという問題が発生するので注意が必要です。
本番運用に向けたベストプラクティス
Kubeflowを本番環境で安定的に運用するためには、いくつかの重要なポイントを押さえておく必要があります。特にセキュリティ、監視、バックアップの3つは、運用開始前にしっかりと設計しておくべき領域です。
セキュリティの観点では、ネットワークポリシーの設定とRBAC(Role-Based Access Control)の適切な構成が不可欠です。Kubeflowのデフォルト設定はセキュリティが甘いことがあるため、本番環境では必ずカスタマイズする必要があります。特に、外部からのアクセスを制限し、ユーザーごとに適切な権限を割り当てる設定は最優先で行うべきです。
監視については、PrometheusとGrafanaを組み合わせたモニタリングスタックの導入が定番です。Kubeflowのコンポーネントのヘルスチェック、パイプラインの実行状況、リソース使用率などを可視化しておけば、問題の早期発見と対処が可能になります。アラートの設定も忘れずに行い、異常が発生したときに即座に通知が届くようにしておきましょう。
バックアップに関しては、Kubeflowのメタデータストアとパイプラインの定義を定期的にバックアップする仕組みを構築しておくことが重要です。Kubernetesクラスター自体のバックアップに加えて、実験データやモデルのアーティファクトが保存されているストレージのバックアップも計画に含めてください。
まとめ
Kubeflowの環境構築は、ローカル開発からクラウドデプロイまで段階的に進めていくのが成功の鍵です。最初はMinikubeで基本操作に慣れ、チームの準備が整ったらGKEやEKSなどのクラウド環境に移行するというステップを踏むことで、学習コストと運用リスクを最小限に抑えられます。
Kubeflowの学習曲線は決して緩やかではありませんが、一度環境が整えば機械学習の開発・運用効率は劇的に向上します。特に、複数のデータサイエンティストが協業するプロジェクトや、モデルの継続的な改善が求められるプロジェクトでは、その投資に見合う価値を得られるでしょう。
MLOpsの実践スキルは今後ますます需要が高まる分野です。Kubeflowの環境構築と運用の経験は、MLOpsエンジニアとしてのキャリアを築く上で大きな武器になります。ぜひこの記事を参考に、自分のペースでKubeflowの世界に踏み出してみてください。