この記事のまとめ
- ストックオプションは将来の利益の「可能性」であり、行使条件や企業の成長見込みを冷静に評価することが不可欠
- 税制適格SOと税制非適格SOでは税負担が大きく異なるため、付与されるSOの種類を必ず確認すべき
- SOの価値は企業価値や持分比率から概算できるが、現金報酬の代替としてではなく上乗せ分として捉えるのが堅実な考え方
スタートアップへの転職を検討するとき、「ストックオプション(SO)があるから年収は少し低くても大丈夫」と説明されることがあります。確かにSOは大きなリターンを生む可能性を秘めた報酬制度ですが、その価値を正確に評価するのは簡単ではありません。
実際にSOで大きな利益を得た人がいる一方で、SOが紙切れ同然の価値しかなかったというケースも数多く存在します。IPO(新規株式公開)やM&A(企業の合併・買収)が実現しなければSOは行使できないことが多いですし、行使できたとしても税金の計算を間違えると、期待していたほどの手取りにならないこともあります。
この記事では、エンジニアがスタートアップへの転職を判断する際に、SOの価値をどのように評価すればよいのかを具体的に解説していきます。SOの基本的な仕組みから税制上の優遇措置、企業価値に基づく価値の推定方法、そしてSOを含めた総合報酬の考え方まで、実践的な視点でお伝えします。
ストックオプションの基本的な仕組み
ストックオプションとは、あらかじめ決められた価格(行使価格)で自社の株式を購入できる権利のことです。たとえば、行使価格が1株100円のSOを1,000株分付与された場合、会社の株価が将来500円になったとき、100円で購入した株を500円の価値で保有できるため、1株あたり400円、合計で40万円の含み益が得られるという仕組みです。
ここで重要なのは、SOはあくまで「権利」であって、その時点で現金を受け取れるわけではないということです。この権利が実際に価値を持つためには、いくつかの条件が揃う必要があります。会社の株価が行使価格を上回ること、SOの行使条件(ベスティング期間や在籍要件)を満たすこと、そして実際に株式を売却して現金化できる市場が存在することです。
スタートアップの場合、上場前は株式を自由に売買できないため、SOの価値はあくまで「将来の可能性」に過ぎません。会社がIPOやM&Aを実現して初めて、SOは具体的な金銭的価値を持つことになります。このような不確実性を理解したうえで、SOの価値を評価することが大切です。
ベスティングスケジュールの確認
SOには通常、ベスティング(権利確定)のスケジュールが設定されています。一般的な形は「4年ベスティング、1年クリフ」というもので、入社後1年が経過した時点で最初の25%が権利確定し、残りの75%は毎月均等に権利確定していくというパターンです。
1年クリフとは、入社後1年未満で退職した場合はSOが一切権利確定しないという条件です。これは企業側にとっての防衛策であり、短期間で退職するエンジニアにSOの恩恵が渡るのを防ぐための仕組みです。エンジニアの立場からすると、最低1年は在籍しないとSOの価値がゼロになるということを意味しています。
ベスティングスケジュールを確認する際は、退職時の扱いも必ず聞いておきましょう。退職した場合、権利確定済みのSOを行使できる期間はどの程度なのか(通常は退職後90日など)、行使しなかった場合はどうなるのかという点は、将来のキャリア選択に影響する重要な情報です。
税制上の優遇措置を理解する
SOの価値を正確に評価するためには、税金の仕組みを理解しておくことが欠かせません。日本の税制では、SOは大きく「税制適格ストックオプション」と「税制非適格ストックオプション」に分類され、それぞれ税負担が大きく異なります。
税制適格SOの場合、株式を取得する時点(権利行使時)では課税されず、株式を売却した時点で初めて課税されます。売却益には株式譲渡益課税が適用され、税率は約20%(所得税15%+住民税5%+復興特別所得税)です。つまり、行使価格100円、売却価格500円の場合、1株あたりの利益400円に対して約80円の税金がかかり、手取りは320円程度になります。
税制非適格SOの場合は状況が大きく変わります。権利行使時に「行使時の株価と行使価格の差額」が給与所得として課税されます。給与所得は累進課税のため、利益額が大きいほど税率が上がり、最高で約55%(所得税45%+住民税10%)に達することがあります。同じ条件の例で計算すると、1株あたりの利益400円に対して最大220円の税金がかかり、手取りは180円程度になる可能性があるのです。
税制適格要件の確認ポイント
税制適格SOとして認められるためには、いくつかの要件を満たす必要があります。付与されるSOがこれらの要件を満たしているかどうかは、転職の判断に大きく影響するため、必ず確認してください。
主な要件としては、年間の権利行使価額が1,200万円以下であること、権利行使期間が付与決議の日から2年を経過した日から10年以内であること、行使価格が付与時の株式の時価以上であること、などがあります。特に行使価格の設定は重要で、時価よりも低い価格に設定されている場合は税制適格要件を満たさなくなります。
2023年の税制改正により、税制適格SOの保管委託要件が緩和されるなど、制度は継続的に改善されています。SOの税制は法改正によって変わることがあるため、付与時点の最新の制度を確認し、必要に応じて税理士に相談することをおすすめします。SOの金額が大きい場合、税務の専門家に相談する費用は十分にペイする投資です。
行使条件の確認ポイント
SOの価値を評価する際に見落としがちなのが、行使条件の詳細です。行使価格やベスティングスケジュールに加えて、行使を制限する条件が設けられていることがあり、これらを把握しておかないと「権利はあるのに行使できない」という事態に陥る可能性があります。
IPO要件を確認してください。多くのスタートアップのSOには「IPOが実現した後にのみ行使可能」という条件がついています。この条件がある場合、会社がIPOしない限りSOは行使できず、永遠に含み益のまま現金化できない可能性があります。M&Aの場合にSOがどう扱われるかも重要なポイントです。M&A時にSOが自動的に行使されるのか、買い手企業のSOに転換されるのか、あるいは無効になるのかは、SOの契約内容によって異なります。
希薄化(ダイリューション)の問題も理解しておく必要があります。スタートアップが追加の資金調達を行うたびに新しい株式が発行され、既存のSO保有者の持分比率は薄まっていきます。シリーズAで1%の持分に相当するSOを付与された場合でも、シリーズB、シリーズCと資金調達が進むうちに、実質的な持分比率は0.3%や0.2%に下がることは珍しくありません。
退職時のSO取り扱い
退職した場合にSOがどうなるかは、キャリアの柔軟性に直結する重要な条件です。一般的には、退職後に権利確定済みのSOを行使できる期間が設けられており、その期間は会社によって30日から90日程度が多いですが、中には行使期間を設けず退職と同時にSOが失効する厳しい条件を設定しているケースもあります。
未確定分のSOは退職時に失効するのが一般的です。4年ベスティングのSOを2年目で退職した場合、50%分のSOは権利確定済みですが、残り50%は失効します。この点を考慮すると、SOの期待値は在籍年数に大きく依存することが分かります。
解雇された場合のSO取り扱いも確認しておきましょう。自己都合退職と会社都合退職で条件が異なる場合があり、会社都合退職の場合はベスティングが加速する(全株分が一気に権利確定する)条項が設けられていることもあります。こうした細かい条件は、SO契約書(ストックオプション割当契約書)に記載されているため、サインする前に全文を読み通すことが不可欠です。
企業価値からのSO価値の推定方法
SOの金銭的な価値を概算するためには、会社の現在の企業価値と将来の想定企業価値を基にした計算が必要です。この計算は正確な予測ではなく、あくまで「ざっくりとした目安」ですが、オファーの検討材料としては十分に役立ちます。
計算の基本的な流れは、付与されるSOの株数を発行済み株式総数で割って持分比率を算出し、想定される将来の企業価値(エグジット時の時価総額)にその比率を掛けるというものです。たとえば、発行済み株式1,000万株の会社で10,000株のSOを付与された場合、持分比率は0.1%です。この会社が将来100億円の時価総額でIPOしたと仮定すると、SOの想定価値は1,000万円(100億円の0.1%)になります。
ただし、この計算にはいくつかの重要な前提条件があります。追加の資金調達による希薄化を考慮していないこと、行使価格の差し引きが必要なこと、税金を考慮していないこと、そして何よりIPOやM&Aが実現するかどうかは不確実であることです。これらの要素をすべて加味した「保守的な見積もり」を出すことが、現実的な判断につながります。
期待値ベースでの評価
SOの価値をより現実的に評価するために、確率を掛け合わせた期待値ベースの計算を行ってみましょう。スタートアップの統計データによれば、IPOに到達できる企業の割合は全体の数%から10%程度といわれています。この確率を織り込むことで、SOの「現実的な期待値」が見えてきます。
先ほどの例で、IPOが実現する確率を10%、IPOしなかった場合のSO価値をゼロと仮定すると、期待値は100万円(1,000万円の10%)になります。さらに税金(約20%)を差し引くと、手取りベースの期待値は約80万円です。4年のベスティング期間で割ると、年間あたりの期待値は約20万円ということになります。
この計算はあくまで概算ですが、SOの価値を現実的に捉えるための有効なフレームワークです。「1,000万円分のSOがもらえる」という話を聞いたときに、鵜呑みにせず、期待値ベースで年間20万円程度のボーナスとして捉えると、冷静な判断ができるようになります。
SOを含めた総合報酬の評価法
SOの価値をある程度推定できたところで、基本給、賞与、各種手当、そしてSOを含めた総合報酬パッケージとして評価する方法を考えてみましょう。スタートアップと大手企業のオファーを比較する際に特に有用な考え方です。
基本的な方針として、SOは現金報酬の「代替」ではなく「上乗せ」として捉えることをおすすめします。SOの価値は不確実であるため、SOを含めないベースの年収で生活設計が成り立つことを前提条件にしておくのが堅実です。SOが花開けばボーナス、花開かなくても生活には困らない。この心構えで臨むことで、SOの不確実性によるストレスを大幅に軽減できます。
スタートアップのオファーを評価する際には、「現金報酬部分が市場相場から何%割引されているか」を計算してみてください。たとえば、市場相場が700万円のエンジニアに対して、スタートアップが600万円の年収とSOを提示してきた場合、100万円の割引をSOで埋めてもらっていることになります。先ほどの期待値計算と照らし合わせて、SOの期待値がこの100万円に見合うかどうかを判断するわけです。
スタートアップと大手企業の比較
大手企業のオファーとスタートアップのオファーを比較する場合、単純な年収比較では全体像が見えません。大手企業には安定した昇給、手厚い福利厚生、退職金制度などがある一方、スタートアップにはSOに加えて、技術的な裁量の大きさ、キャリアの成長スピード、組織づくりへの参画といった非金銭的な価値があります。
5年間のトータルリターンで比較する方法が実践的です。大手企業の場合は、基本給の総額、賞与の見込み、昇給の見込み、退職金の積立分などを合算します。スタートアップの場合は、基本給の総額に加えて、SOの期待値(確率を掛けた保守的な見積もり)を上乗せします。
この比較を行うと、多くの場合、確実性を重視するなら大手企業、アップサイドを求めるならスタートアップという結果になるでしょう。どちらが正解ということではなく、自分のリスク許容度とキャリア目標に基づいて判断することが大切です。生活費に余裕がある人、若くてリスクを取れる人、スタートアップの事業内容に強い共感がある人には、SOのアップサイドを狙う選択肢は十分に合理的です。
SOに関して確認すべき質問リスト
オファー面談やSO付与の際に確認しておくべき質問を整理しておきます。すべてを一度に聞く必要はありませんが、SOの価値を正確に評価するためには、これらの情報を把握しておくことが望ましいです。
付与条件について聞くべきこととしては、SOの種類(税制適格か非適格か)、付与される株数、行使価格、ベスティングスケジュール、クリフの有無と期間などがあります。企業価値に関する情報としては、直近の資金調達時の企業価値評価額(バリュエーション)、発行済み株式総数(完全希薄化ベース)、今後の資金調達計画と想定される希薄化の程度を聞いておきたいところです。
退職時の取り扱いについては、権利確定済みSOの行使期間、未確定SOの失効条件、会社都合退職時の特別条件を確認してください。エグジットに関しては、IPOの目標時期、M&Aの可能性、上場前に株式を売却できるセカンダリーマーケットの有無なども知っておくと判断材料が増えます。
これらの質問に対して明確に答えてくれるスタートアップは、SOの設計に真剣に取り組んでおり、エンジニアに対して誠実な姿勢を持っている証拠です。逆に、曖昧な回答や回答を避けるようなスタートアップのSOは、慎重に扱ったほうがよいでしょう。
まとめ
ストックオプションは、スタートアップ転職の大きな魅力の一つですが、その価値を冷静に評価するためには、仕組み、税制、行使条件、企業価値の見通しをしっかりと理解しておく必要があります。
SOを「夢のような報酬」として楽観的に捉えるのではなく、確率と税金を織り込んだ現実的な期待値で評価し、現金報酬の上乗せ分として位置づけること。これが、SOに振り回されずにキャリアの最善の判断をするための鍵です。この記事で紹介した評価方法を活用して、納得のいく転職判断をしてください。