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エンジニアの技術ドキュメント執筆スキル - キャリアを加速する文書力

「コードは書けるけど、文章を書くのは苦手で」。そう言うエンジニアは少なくありません。しかし、エンジニアリングの世界で長く活躍している人たちを観察すると、技術力だけでなく文書力にも優れた人が圧倒的に多いことに気づきます。設計書を書いてチームの方向性を示す人、技術ブログで社外に情報発信する人、社内Wikiを整備して後進の育成に貢献する人。いずれも、文章を通じて自分の影響力を広げているのです。

実は、エンジニアリングの仕事の中で「書く」という行為が占める割合は、多くの人が思っている以上に大きいものです。コードを書くのはもちろん、コミットメッセージ、プルリクエストの説明、コードレビューのコメント、Slackでのやりとり、設計ドキュメント、障害報告書。日常的にこれだけの文章を書いているにもかかわらず、「文章の書き方」を意識的に学んだことがあるエンジニアはごくわずかです。

この記事では、エンジニアが身につけるべき技術ドキュメント執筆スキルについて、場面別の具体的なノウハウとキャリアへの影響を掘り下げていきます。文書力は一朝一夕で身につくものではありませんが、意識して取り組むことで確実に伸ばせるスキルです。

テクニカルライティングとは何か

テクニカルライティングとは、技術的な内容を正確かつ分かりやすく伝えるための文章技術のことです。もともとは製品マニュアルや技術仕様書の執筆を指す言葉でしたが、現在ではソフトウェア開発におけるあらゆる文書作成を包括的にカバーする概念へと広がっています。

テクニカルライティングの根底にあるのは、「読者のために書く」という原則です。自分が知っていることを書き連ねるのではなく、読者が知りたいことを、読者が理解できる形で提供する。この一見当たり前の原則を徹底するだけで、文章の質は劇的に変わります。ところが、多くのエンジニアは無意識のうちに「自分視点」で書いてしまいがちです。自分には分かっている文脈を省略したり、専門用語を説明なしで使ったりしてしまうのです。

そういえば、Googleは社内にテクニカルライティングのトレーニングプログラムを持っていて、エンジニアに対してライティングスキルの教育を行っていることで知られています。このプログラムの教材は「Technical Writing」として一般公開されており、誰でも無料で学ぶことができます。世界有数のテック企業が、エンジニアの文書力をそれほど重視しているという事実は、このスキルの重要性を如実に物語っています。

場面別・技術ドキュメントの書き方

エンジニアが書く技術ドキュメントにはさまざまな種類があり、それぞれに適した書き方があります。ここでは、代表的な場面ごとのポイントを解説していきます。

設計書の書き方

設計書は、システムやアーキテクチャの方向性を決定づける重要なドキュメントです。設計書の目的は、チームメンバーやステークホルダーに対して「何をどう作るか」を明確に伝え、合意を形成することにあります。

良い設計書に共通する特徴は、「なぜその設計にしたのか」が書かれていることです。データベースにMySQLではなくPostgreSQLを選んだ理由、モノリスではなくマイクロサービスを採用した背景、キャッシュ戦略としてRedisを使うことにした根拠。こうした意思決定の背景が記されていれば、後からチームに加わったメンバーも設計の意図を正しく理解できます。逆に、「何をどう作るか」だけが書かれていて「なぜ」が抜けている設計書は、半年後に読み返したときに判断基準が分からず、安全に変更を加えることが困難になります。

設計書を書くときに意識したいのは、読者の層が多様であるということです。同じチームのエンジニアは技術的な詳細を求めていますが、プロダクトマネージャーはビジネスインパクトを知りたがっています。経営層に見せる場合は、さらに抽象度の高い説明が必要です。一つの設計書でこれらすべてをカバーするのは難しいので、冒頭にエグゼクティブサマリーを置いて全体像を伝え、その後に技術的な詳細を記述するという構成が効果的です。

ADR(Architecture Decision Record)の書き方

ADRは、アーキテクチャに関する意思決定を記録するための軽量なフォーマットです。設計書ほど大げさではなく、1ページ程度の短い文書として書くのが一般的です。「コンテキスト(背景)」「決定事項」「結果(トレードオフ)」の三つのセクションで構成されるシンプルな形式が広く使われています。

ADRの最大の価値は、「あのとき、なぜこの判断をしたのか」を後から追跡できることです。半年前にある技術を選定した理由が誰の記憶にも残っていないという状況は、どの開発チームでも起こり得ます。ADRが蓄積されていれば、「当時はこういう制約があったからこの判断をした」「この前提が変わったから見直しが必要だ」といった議論を建設的に進められます。

実は、ADRを書く文化があるチームとないチームでは、技術的負債への対処の仕方が大きく異なります。ADRがあるチームでは、過去の判断の前提条件が変わったことを根拠に「このアーキテクチャを刷新しよう」と提案できます。根拠が明文化されているので、説得力のある提案が可能になるのです。ADRがないチームでは、「なんとなく今のアーキテクチャが古い気がする」という感覚的な議論にしかならず、改善の意思決定が遅れがちです。

社内Wikiの書き方

社内Wikiは、チームのナレッジを蓄積・共有するための重要な基盤です。ところが、多くの組織で社内Wikiは「墓場」と化しています。最初は意気込んで書き始めるものの、更新が途絶え、古い情報が残り続け、結局誰も信用しなくなるというパターンです。

社内Wikiを活性化するコツは、「完璧なドキュメントを書こう」と気負わないことです。最初から網羅的な文書を書こうとすると、腰が重くなって結局何も書かないまま終わってしまいます。むしろ、「自分が30分かけて調査した内容を5分でまとめる」くらいのスタンスで、短くても頻繁に投稿する方が有効です。次にまた同じことを調べる人がいたとき、その30分の調査時間を節約できるのですから、十分な価値があります。

ところで、社内Wikiの内容には「賞味期限」があるということを意識しておくことも大切です。環境構築の手順書はツールのバージョンアップで使えなくなる可能性がありますし、組織体制に関する情報は人事異動で変わります。ドキュメントに「最終確認日」を記載する、定期的なレビューのリマインダーを設定する、古い情報にはアーカイブのラベルを付けるといった工夫で、「ここに書いてあることは信頼できる」という信頼感を維持することが重要です。

技術ブログの書き方

技術ブログは、社外に向けた情報発信の場です。エンジニアが技術ブログを書くメリットは多岐にわたりますが、最も大きいのは「言語化を通じて理解が深まる」ことでしょう。なんとなく使っていた技術について記事を書こうとすると、「ここの仕組み、実はよく分かっていなかった」と気づくことがあります。記事にまとめるプロセス自体が、最高の学習方法なのです。

技術ブログの良い記事に共通しているのは、「自分が実際にハマったポイント」が含まれていることです。公式ドキュメントに載っている情報をそのまま転記しただけの記事は、読者にとって付加価値がありません。しかし、「公式ドキュメントの手順通りにやったのに動かなくて、原因を調べたらこうだった」という体験記は、同じ問題に直面した読者にとって非常にありがたい情報です。失敗や試行錯誤のプロセスこそが、技術ブログの価値の源泉なのです。

実は、技術ブログを継続的に書いているエンジニアは、転職市場でも高い評価を受けます。記事を通じて技術力やコミュニケーション能力が可視化されるため、「この人はどのくらいのスキルがあるのか」を採用側が判断しやすくなるのです。企業によっては、技術ブログの内容を見て「ぜひうちに来てほしい」とスカウトが来ることもあります。

文書力を高めるための具体的なトレーニング

文書力は、意識的に鍛えなければなかなか上達しません。ここでは、日常業務の中で実践できるトレーニング方法を紹介します。

最も手軽で効果的なのは、プルリクエストの説明文を丁寧に書く習慣をつけることです。多くのエンジニアはプルリクエストの説明を「〇〇を修正」の一行で済ませがちですが、ここを意識的に充実させることで、ライティングのトレーニングになります。変更の背景、具体的な修正内容、影響範囲、テスト方法。これらを簡潔にまとめる練習を日々のプルリクエストで積み重ねれば、文書力は着実に向上します。

コードレビューのコメントも、ライティングスキルを磨く場として活用できます。「ここ、修正してください」では何をどう修正すべきか伝わりません。「このif文のネストが深くなっているので、Early Returnパターンを使うと可読性が上がると思います。例えば、エラー条件を先に判定してreturnすることで、メインの処理を一段浅くできます」のように、理由と具体例を添えたコメントを書く。この習慣が、分かりやすい文章を書く力を養ってくれます。

そういえば、「良い文章を読む」こともライティングスキル向上に効果的です。技術ドキュメントの世界では、Stripeの公式ドキュメント、Reactの公式チュートリアル、Rustのドキュメント(The Rust Programming Language)などが「お手本」としてよく挙げられます。これらに共通するのは、読者の前提知識を正確に把握し、段階的に理解を深められる構成になっている点です。優れたドキュメントを読むときに「なぜ分かりやすいと感じるのか」を意識して分析すると、自分のライティングにも活かせる発見があるはずです。

文章の構造化テクニック

技術ドキュメントで特に重要なのは、情報を適切に構造化する能力です。長い文章をダラダラと書き連ねるのではなく、読者が必要な情報にすぐにたどり着ける構造を設計する。これが、読まれるドキュメントと読まれないドキュメントを分ける決定的な違いです。

ピラミッド構造(結論を先に述べてから詳細を展開する手法)は、技術ドキュメントと非常に相性が良いアプローチです。忙しいエンジニアは、ドキュメントを最初から最後まで読む時間がありません。冒頭に結論が書いてあれば、「詳細を読むべきかどうか」をすぐに判断できます。障害報告書であれば「影響範囲と復旧状況」を最初に書き、「原因の詳細分析」はその後に配置する。設計レビューの依頼であれば「提案する設計方針」を最初に示し、「検討した代替案と比較」は補足情報として後ろに回すのです。

もう一つ重要なのは、見出しの付け方です。見出しだけを拾い読みしても内容が理解できるのが理想です。「はじめに」「背景」「詳細」「まとめ」のような抽象的な見出しではなく、「PostgreSQLからTiDBへの移行を提案する」「現行アーキテクチャでは月間100万リクエストに対応できない」のように、具体的な内容を見出しに含めることで、読者のスキャナビリティが大幅に向上します。

文書力がキャリアに与える影響

ここからは、文書力が実際にエンジニアのキャリアにどのような影響を与えるかを具体的に見ていきましょう。この話を聞くと、「文章なんて後回しでいい」とは思えなくなるはずです。

シニアエンジニアやテックリードのポジションでは、文書力がほぼ必須のスキルとなります。チームの技術方針を決めるRFC(Request for Comments)を書く、設計レビューをリードする、経営層に技術投資の必要性を説明する。これらはすべて、技術的な内容を適切な相手に適切な抽象度で伝える文書力がなければ務まりません。コードだけを書いていればよかったジュニア時代とは異なり、シニアレベルでは「書く力」が直接的にパフォーマンスを左右するのです。

転職活動においても、文書力は見えないところで大きな差を生みます。職務経歴書の記述一つとっても、「Reactを使った開発経験3年」と書くのと、「React/TypeScriptを用いた大規模ECサイトのフロントエンド刷新を主導。コンポーネント設計の標準化とStorybookの導入により、チーム全体の開発速度を30%改善」と書くのでは、与える印象がまったく違います。後者は、技術的な取り組みとその成果を簡潔に伝えている点で、テクニカルライティングのスキルが活きています。

ところで、エンジニアリングマネージャーへのキャリアパスを考えている方にとっても、文書力は極めて重要です。マネージャーの仕事の大部分は、コミュニケーションで成り立っています。チームの状況を上司に報告する、メンバーの評価レポートを書く、プロジェクトの進捗を関係者に共有する。いずれも文書でのコミュニケーションが中心です。エンジニアリングの経験に基づいた的確な文書を書ける人は、マネージャーとしても高い評価を得やすいのです。

社外での影響力の構築

文書力を社外に向けて発揮することで、個人ブランドを構築し、キャリアの可能性を大きく広げることができます。これは、転職やフリーランスへの転向を考えている人だけでなく、現職に留まりながらも社外の知見を取り入れたいと考えている人にとっても有益な話です。

技術ブログやカンファレンスでの登壇資料を通じて発信を続けていると、同じ技術領域で活動している他のエンジニアとの繋がりが生まれます。この繋がりから、勉強会への登壇依頼、書籍の執筆オファー、技術顧問の相談といった機会が舞い込んでくることがあります。文書力は、こうした機会の「入り口」を開く鍵なのです。

実は、多くの技術書の著者は、最初から本を書こうとして始めたわけではありません。技術ブログでの情報発信が編集者の目に留まり、「書籍化しませんか」と声がかかるというケースが非常に多いのです。自分の知見を体系的にまとめる経験は、それ自体がスキルの棚卸しになりますし、著書がある人はその分野のエキスパートとして認知されやすくなります。文書力への投資は、長期的に見て大きなリターンをもたらすのです。

技術ドキュメント執筆で避けたい落とし穴

最後に、技術ドキュメントを書く際によく見られる失敗パターンとその対策を紹介します。こうした落とし穴を事前に知っておくことで、より効果的なドキュメントが書けるようになるでしょう。

一番目の落とし穴は、「読者を想定していない」ことです。同じ技術について書く場合でも、新入社員向けと経験豊富なシニアエンジニア向けとでは、書き方がまったく異なります。前提知識のレベル、求めている情報の粒度、使える時間。これらを考慮せずに書き始めると、「誰に向けて書いているのか分からない」中途半端なドキュメントになってしまいます。書き始める前に「このドキュメントの第一の読者は誰か」を明確にすることが、質の高いドキュメントへの第一歩です。

二番目の落とし穴は、「一度に完璧なドキュメントを目指す」ことです。完璧を追求するあまり書き始められない、あるいは途中で投げ出してしまうというのは、エンジニアにありがちなパターンです。ドキュメントは、ソフトウェアと同じように反復的に改善していくものだと考えましょう。まずはドラフトを書いて公開し、フィードバックを受けて改善する。このサイクルを回すことで、少しずつ質が上がっていきます。

三番目の落とし穴は、「書くことが目的になっている」状態です。ドキュメントは手段であって目的ではありません。チームの生産性を上げるため、知識を共有するため、意思決定の過程を記録するため。明確な目的があるからこそ、ドキュメントは書かれるべきです。「ドキュメントを書け」と言われたから書く、という姿勢では、形だけのドキュメントが量産されるだけで、実質的な価値は生まれません。常に「このドキュメントは誰のどんな課題を解決するのか」を自問しながら書くことが大切です。

まとめ

エンジニアにとって技術ドキュメントの執筆スキルは、コーディング能力と同じくらい重要なスキルです。設計書で方向性を示し、ADRで意思決定を記録し、社内Wikiで知識を共有し、技術ブログで社外に発信する。こうした文書を通じたコミュニケーション能力が、シニアレベル以上のキャリアでは不可欠になります。

文書力を鍛えるのに特別な訓練は必要ありません。プルリクエストの説明文を丁寧に書く、コードレビューのコメントに理由を添える、調べたことを社内Wikiにメモする。日常の開発業務の中にある「書く」機会の一つ一つを、意識的なトレーニングの場として活用すればよいのです。

コードは半年後に読み返すと何をしているか分からなくなることがありますが、良い文章はいつ読み返しても価値があります。技術ドキュメントの執筆スキルに投資することは、未来の自分とチームメンバーへの贈り物です。今日から少しずつでも「書く」ことへの意識を高めていけば、それはやがてキャリアを大きく加速させる力になるでしょう。

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